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神戸地方裁判所姫路支部 昭和58年(ワ)332号 判決 1988年7月18日

原告 市川幸美

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 前田正次郎

同 小澤秀造

同 羽柴修

同 木村治子

同 山崎満幾美

被告 神姫バス株式会社

右代表者代表取締役 横尾定視

右訴訟代理人弁護士 澤田恒

同 菊井豊

同 竹林節治

同 畑守人

同 中川克己

同 福島正

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが、昭和五八年一〇月一日以降、被告の従業員として、原告市川と同酒井は明石営業所の、原告藤岡は神戸営業所の、原告田中は加古川営業所の、それぞれ事務補職の地位にあることを確認する。

2  被告は、昭和五八年一〇月から、毎月二五日限り、原告市川に対しては金二四万九二六二円、原告藤岡に対しては金二三万五二四四円、原告酒井に対しては金二二万二四三〇円、原告田中に対しては金二一万一九五四円とこれに対する右各期日の翌日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項について仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は、運送事業などを目的とする株式会社である。

2  原告市川は昭和二八年三月二日、同藤岡は昭和二八年八月二八日、同酒井は昭和三一年一〇月二二日、同田中は昭和三四年一二月一八日それぞれ被告会社との間で雇用契約を締結し、いずれも車掌職に就いて勤務していた。

3  その後、原告らはいずれも事務補登用試験に合格し、原告市川及び同藤岡については昭和四二年九月、原告酒井については昭和四六年一二月、原告田中については昭和四八年六月、事務補として就労すべき旨の辞令を受け、事務補として精算・出札・案内の業務に従事していたものであり、昭和五八年九月二〇日当時、原告市川及び同酒井が被告会社明石営業所に、原告藤岡が神戸営業所に、原告田中が加古川営業所にそれぞれ配置され、被告会社から給与(但しそれ以前三か月間の平均額)として、原告市川は二四万九二六二円、原告藤岡は二三万五三四四円、原告酒井は二二万二四三〇円、原告田中は二一万一九五四円を得ていた。

4  事務補職制度は、車掌やガイドを一定の期間行ってきた者に事務補昇格試験の受験資格を与えたもので、長期間にわたって業務を続けることが困難である車掌やガイドに対し長く被告会社に勤務できる道を一定の手続により保障するというものであるところ、被告会社と原告らとの間には、右辞令の授受により、または、少くとも原告らが長年に亘り事務補職の業務を行ってきたことにより、被告会社は原告らを事務補として就労させるという内容の労働契約が成立していた。

5  しかるに、被告会社は、昭和五八年一〇月一日以降、原告市川と同酒井が明石営業所の、原告藤岡が神戸営業所の、原告田中が加古川営業所のそれぞれ事務補職としての地位にあることを争い、原告らが事務補として職務に従事しようとしても、これを認めない。

6  右の次第で、被告会社は原告らをそれぞれ事務補として就労させる旨の労働契約のもとに就労させていたのであるから、原告らは被告に対し、昭和五八年一〇月一日以降、原告市川と同酒井は被告会社明石営業所の、原告藤岡は同神戸営業所の、原告田中は同加古川営業所の、それぞれ事務補職としての地位にあることの確認を求めるとともに、昭和五八年一〇月から毎月二五日限り事務補職に対する給与として、原告市川に対しては二四万九二六二円、原告藤岡に対しては二三万五二四四円、原告酒井に対しては二二万二四三〇円、原告田中に対しては二一万一九五四円とこれらに対する弁済期経過後である右各期日の翌日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認容

1  請求原因1ないし3の事実及び同5の事実は認める。

2  同4の事実は否認する。

三  抗弁

1  被告会社の就業規則には「会社は業務の都合で異動(転勤・出向)または職場もしくは職種の変更を命ずる(第一〇条)。」との規定があるところ、被告会社は、昭和五八年一〇月一日原告らに対し、専用ガイドとして就労(人事部教習所勤務)すべき旨を命じ、昭和五九年一月一三日原告市川及び同藤岡を明石営業所に、原告酒井を神戸営業所に、原告田中を加古川営業所にそれぞれ配属した(右転職及び配属命令を以下本件配転命令という)。

2  原告らはいずれも当初から神姫バス労働組合(以下組合という。)の組合員であるところ、本件配転命令は被告会社と組合との間の労働協約に基づくものである。すなわち、

(一) 被告会社が昭和五八年二月九日労使協議会において、組合に対し八項目の業務改善を提案し(以下これを本件業務改善案という)、その改善項目の一つに「事務補制度および車掌業務の見直し」として(1)事務補職の業務のうち可能な限り事務員業務に移管し、一部は省力化機械化し、その残りを外部に業務委託して事務補制度を廃止すること、及び(2)乗合ワンマンバス化率を一〇〇%とし車掌業務を廃止すること(以下これを本件合理化という)を提案したところ、組合は最終的に被告会社の右提案を了解し、昭和五八年六月三日「事務補制度および車掌の廃止に関する協定書」(以下本件協約という)が成立した。

(二) 被告会社は原告らを含む事務補職八四名と車掌職二〇名に対し本件協約の内容を通知して左記のうちから本人の希望により一つを選択するように申入れた。

(1) 第一次希望退職の募集

(2) 事務補のうち事務員に転職を希望する者については事務員転職試験を実施し、合格者は事務員に登用する

(3) (2)の不合格者を対象に第二次希望退職を募集する。

(4) 事務補および車掌で退職を希望しない者については本人の選択によりガイドまたは貸切セールス業務に転用する(労働者がこの選択をする場合の労働条件については、会社組合側の協定により別紙「労働条件明細表」記載の内容が定められている)。

(5) 希望退職者のうち再就職を希望する者に対しては再就職の斡旋をする。

(三) 事務補職と車掌職のうち二七名が昭和五八年六月二二日事務員転職試験を受験したがうち八名が合格し原告らを含む一九名が不合格となり、原告らは右(4)によりガイド業務を選択したので、被告会社は本件配転命令を発した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は全て認める。

五  再抗弁

被告会社は原告らに対し、以下のとおり、原告らを含む事務補や車掌らに対し、退職や著しい労働条件の切り下げを内容とする配転を命じなければならない合理的な業務上の必要性がないのに本件配転命令を発したもので、本件配転命令により原告らに及ぼす不利益と比較衡量した場合に本件配転命令は権利の濫用であるといわざるを得ない。

1(一)  被告会社は合理化の一方で、昭和五八年春闘において平均四・九五パーセントの賃上げを認め、また、株主に対する七パーセントの配当を実施しているのみならず、被告会社のバス事業には公共団体から補助金が支出されており、これを加えるとバス部門でも黒字になっており、客観的に高度の経営上の危機が認められない。

(二) 更に、原告らの行ってきた事務補職の業務そのものが廃止になるものではなく、その業務のうち出札(窓口)業務と姫路営業所以外の案内業務を被告会社により新たに設立された子会社である神姫商産株式会社に業務委託されて業務の遂行がなされ、これ以外の職務については、被告会社の事務員、運行助役、整備助役らが肩代わりを強いられていること、また、その後、被告会社は事務員の不足を補うため一〇月には八名のアルバイトを採用し、昭和五九年春には事務員八名を新規採用している実情からしても、本件合理化を行う場合においても希望退職や本人の承諾を求めたうえでの配転等の措置により必要な範囲で事務補職の人員を削減、縮小すれば足りたもので、事務補職を廃止しなければならない必然性は何ら存在しなかった。

(三) 被告会社が行った事務員転職試験は事務員としての能力、適否を判断するには不適当であったし、二一名の合格予定者に対して僅か八名を合格させたにすぎず、足切り試験的な要素が強く原告らが事務員として会社の業務をこなす能力を十分に備えているのに不合格としたものであった。

(四) 今回の合理化は事実上の整理解雇であり、一時金の減額または中止、昇給の凍結、労働時間の延長、投資有価証券または遊休不動産の売却処分、新規採用の見合わせ、希望退職者の募集の検討などの解雇回避努力を尽くしていない。

2  また、原告らは本件配転命令によりガイド職へ替わることになるが、次のとおり著しい労働条件の切り下げとなる。

(一) 原告らの意思を全く無視して退職か事務補職と全く内容の異なる業務に就労するかのどちらかを選択するよう強制するものであり、合理化の対象となった事務補職、車掌職一〇四名のうち、実に九〇名が退職せざるを得ない状況となっている。

(二) 本給についてみると、昭和五八年九月まで事務補職として一月当たり、原告市川は二三万九一〇〇円、原告藤岡は二二万九一五〇円、原告酒井は二一万五三五〇円、原告田中は二〇万二〇〇〇円をそれぞれ受給していた。ところが、本件配転命令により原告らがガイド職に就労した場合には、被告会社は三級一年のガイドの本給を基準とし、これに年齢加給、経験加給を取り入れたとするが、原告市川、同藤岡、同酒井はそれぞれ一二万三〇五〇円となり、原告田中は一三万〇二五〇円となり、大幅の賃金切り下げとなる。原告らが貸切セールス業に就労した場合には、本給は八万円、セールス手当が一万円そのほかは歩合給となる。右貸切セールス業は、本件合理化により新たに設置することになったものであるが、責任売り上げ高を確保するのも困難な見通しであり、高額な歩合給を得ることは不可能である。また、賃金の切り下げによりボーナス支給も大幅に減額となる。

(三) 被告会社では、従業員に対して別紙職務等級および昇格基準表記載のとおり一級から八級までの等級格付が行われ、等級の多いほど賃上げ、災害補償などに有利に取り扱われることになっている。原告らは事務補として原告市川は五級在格七年、原告藤岡は四級在格二〇年、原告酒井は四級在格九年、原告田中は四級在格七年であるが、ガイド職転職後は全員三級在格一年に格下げとなる。

(四) 退職金については、被告会社において次のような算定方法が決められている。

退職金支給額=退職時基本給×一・〇六二九三九四×勤続年数別支給率

そして、定年退職した場合の支給率は、別紙退職金支給率表のとおりとなる。

被告会社は、本件合理化により原告らの退職金を昭和五八年九月三〇日時点で計算した金額で凍結し、今後は新たな基本給を基礎にし、勤続年数もこれまでの期間を控除して計算し直されることになる。これによれば、退職金額算定の二要素である基本給も、勤続年数も、著しく低い数字となり、したがって、退職金額が著しく低額となる。

(五) 原告ら事務補職の者のうち多くは、事務補職となってから乗車業務から遠ざかっており、時間的に不規則なガイド職に就くことは非常な困難が伴い、体力的にも家庭的にも非常な犠牲を強いられている。

3(一)  被告会社は組合と交渉して、本件協約を締結したと主張するが、被告会社は事務補職に就いている者らとの職場交渉など十分な話し合いの機会が持たれておらず、職場懇談会においては被告会社から経営の見通しが厳しい状況にある旨の一方的な説明がなされたにすぎない。更に、原告らは組合に対して被告会社との交渉、合意解決を行う権限も委任しておらず、本件協定は原告らに対しては効力を生じない。

(二) 組合が被告会社との間で昭和五八年四月二九日事務補職廃止を内容とする本件合理化案に合意した際には、事務補職にあったものがガイドあるいは貸切セールス業に配転された場合の労働条件は切り下げが行われることが予定されていたものの何ら具体的な決定はされていなかったし、さらに再就職希望者の就職先の労働条件についても同様に何ら具体的な決定はされておらず、その労働条件が決定されたのは昭和五八年六月九日になってからであって原告らは本件協定の労働条件に同意していないから協定は無効である。

4  本件合理化は、被告会社の増収を図るために、高年齢労働者、特に女性に対する不当な差別攻撃を行うものである。車掌職の全員と事務補職の七〇名は女性であり、年齢は事務補職については男性も含めて殆どが四〇歳から五五歳の高年齢者である。被告会社は、これら長年に亘り被告会社の従業員として被告会社の発展のために努力し、被告会社の従業員としての地位にその生活を依拠してきた高齢労働者、女性労働者を対象に事実上退職を強要する合理化攻撃をかけ、被告会社の増収を図っているものであり女性の働く権利を不当に侵害する性別を理由とする差別的行為といわざるを得ず、憲法一四条に違反し、ひいては民法九〇条の公序良俗に違反して無効である。

《以下事実省略》

理由

一1  請求原因1ないし3の事実及び同5の事実は当事者間に争いがない。

2  原告らが被告会社において事務補職として就労するに至った経緯(請求原因4)について判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  事務補職は、従前の、①出札係(乗車券・定期券の発売業務)、②収札係(乗車券類・現金の収納精算業務)、③案内係(乗車案内業務)を昭和四二年に一本化してできた職種であって他に助役の業務及び一般事務の補佐も担当しており、中卒車掌やガイド職の中から単純軽易な事務が出来る者を選び女子車掌及びガイド職からの昇格ポストとして運用されてきた。そして原告ら四名もそれぞれ女子車掌から事務補登用試験に合格して事務補職の地位についており、将来に亘って下車勤務を遂行できるものと考えていた。

(二)  事務補職ができた当時は以上の業務内容も相当な量に上り、必ずしも非効率な職種ではなく、バス全盛時である昭和三〇年代後半から四〇年代にかけて事務補の人員は一二〇名台を推移していた。

その後積極的に推進されたバスのワンマン化に伴い整理券方式の採用によって従来の乗車券発売業務が激減し、更に精算業務の機械化が飛躍的に進み、且つ定期券発売枚数も漸減し、一方では、第一次オイルショックにより燃料費等が高騰して経営を圧迫したことから、昭和五〇年には事務補の定員も四一名削減された。その後も定員減により余剰人員を抱えることとなったが、事務員に職種変更するにも能力の面で問題があったので、それも実施せず退職などの自然減を待つ対応を留められていたものの、他方昭和五六年ころまで事務補登用試験が実施されていた。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、事務補の職務自体は比較的単純軽易な事務であって特殊な技能を要するものではないが、被告会社が試験による選抜により原告らをそれぞれ車掌から事務補としての職種に就かせるべく登用したものであることが認められるけれども、さらにその際原告らと被告会社との間に原告らを事務補として雇用する労働契約が締結されたものとまでいうことはできない。

二  抗弁事実については当事者間に争いがないので、被告会社による原告らに対する配転命令が権利濫用といえるかどうか(再抗弁)について判断する。

1(一)  再抗弁1(一)の事実のうち、被告会社は本件合理化の一方で昭和五八年春闘において平均四・九五パーセントの賃上げを認め、また、株主に対する七パーセントの配当を実施していること、被告会社のバス事業には公共団体から補助金が支出されていること、同1(二)の事実のうち、事務補職の業務そのものが廃止になるのではなくその業務のうち出札(窓口)業務と姫路営業所以外の案内業務が被告会社により新たに設立された子会社である神姫商産株式会社に業務委託されて処理されていること、被告会社は事務員の不足を補うため一〇月には八名のアルバイトを採用し、昭和五九年春には事務員八名を新規採用したこと、同1(三)の事実のうち、二一名の合格予定者のうち八名を合格させたことは当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実と《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告会社は、昭和五八年三月三一日現在の資本金一〇億円で大阪証券取引所市場第二部に上場している株式会社であり、営業目的は、①道路運送法による名種運送事業、②旅行業、③土地造成・売買および賃貸業である。

その収入別割合は、①乗合路線バス事業六四・九パーセント、②貸切観光バス事業二九・三パーセント、③不動産事業五・八パーセントであってバス事業が主な事業である。

ところが、次の理由から乗客のバス離れがおこり業績が悪化した。

① 都市部においては交通渋滞が激化する一方で山間部での過疎化が続き乗客減が引き続いたこと。

② モータリゼーション化による自家用車の普及や昨今のミニカー・ミニバイクの急速な普及により特に主婦層が路線バス離れしていること。

③ バス運賃は国鉄・私鉄の各電車との並行路線については割高感が強く、これが原因となって乗客減となったこと。

④ 貸切観光バスについては、レンタカーや白バスが普及したことにより顧客が減少したこと。

⑤ 貸切観光バスの顧客は、景気に敏感なためオイル・ショック以降景気が悪くなるにつれ業績が伸び悩み、加えて新規に免許を取得した観光バス会社はダンピングで顧客勧誘を行ったのに対し、適正運賃で営業した神姫バスは運賃面で競争会社に太刀打ちできなかったこと。

この解決策として運賃値上げも考えられるが、バス事業においては、逆に乗客離れが起こることから運賃値上げの効果はあまり期待できず、附帯事業である不動産事業によりバス部門の赤字を補填するにも限界があり、国や地方自治体などの路線バス運行に対する補助金に依存して収支の均衡を図るにも限界がある。

(2) そこで被告会社は、経費削減方策として次のような業務改善合理化案を進めた。

① 昭和四一年度にはタクシー部門の分離独立にともなって、最初の希望退職募集を実施し一三〇名が退職した。しかるに、第一次オイル・ショックにより人件費・燃料費などの諸経費が暴騰して被告会社の経営不振が一段と深刻化した。そこで、昭和五〇年度には非乗務員の定員を削減し二回目の希望退職募集が実施され、最終的に六〇名が退職した。

② 昭和四二年度には八五二名の車掌が在籍していたが、乗合路線バスの多区間ワンマン化により昭和五八年度には二〇名にまで減少し、この間八三二名の車掌を減員した。

③ 機械化省力化を計り、コンピューターを導入し、運賃精算業務を機械化した。

④ 職種の変更を伴う配置替えをすることとし、前記昭和四一年度希望退職募集の際に、タクシー部門の乗務員で退職を希望しない者についてはバスの運転手に職種変更した。また、昭和五〇年度に整備員(男子車掌で入社し運転士になるまでの経験をつけるために設けていた車掌と運転士の中間にある職種)制度の見直しを実施し、余剰人員については事務補あるいは工手等に職種の変更を行った。更に、業務内容の見直しの結果、運転訓練生、整備員、資材係、乗客係、指導員、タクシー運転士、電話交換手、給油係の職種が廃止され、当該従業員は退職若しくは他の職務に変更された。

⑤ 整備部門を合理化することとし、まず、作業手順・作業時間の見直しを行い、昭和四二年一月に週間整備の見直しにより工手・整備員を六五名減員した。次に、昭和四五年完全自動車株式会社を設立し、板金・塗装業務を同社に外注することにより昭和四七年には市川工場ボデー部木工班を廃止し、昭和五〇年にはボデー部を全廃した。この結果、整備部門で一五名の人員が削減された。

⑥ その他、昭和五〇年に事務補の定数を見直し新定員を七六名として四一名の人員減を図った。そして、車両清掃夫、夜警、構内清掃夫の業務については、外部に一部業務委託し当該職種を廃止して正従業員職種から嘱託従業員職種に身分変更した。また、昭和五五年度に乗務ダイヤの再編成を実施した。その結果、予備乗務系統を全廃するとともに、乗務系統数五六を削減して運転士七八名を減員した。さらに、昭和五六年には適格退職年金制度を導入し、退職金の平準化を図った。

年(昭和)

乗合バス事業(万円)

貸切バス・不動産事業外(万円)

全事業(万円)

▲は赤字を表す

五二

▲二八、五〇〇

五七、八〇〇

二九、三〇〇

五三

▲一、八〇〇

二九、〇〇〇

二七、二〇〇

五四

▲四七、四〇〇

一九、八〇〇

▲二七、六〇〇

五五

▲四、三〇〇

四二、三〇〇

三八、〇〇〇

五六

▲三五、九〇〇

五、六〇〇

▲三〇、三〇〇

五七

▲四五、三〇〇

三三、四〇〇

▲二一、九〇〇

(3) 経営収支の推移をみるに、昭和三〇年代の後半までは乗客は増加の一途を辿り、被告会社は路線網を拡大し、事業規模を拡大してきたが、昭和三九年以降乗客は減少の一途を辿り、バス事業は全体として不振を続け、昭和五七年を見れば昭和四〇年からの一七年間で乗客数は四分の三にまで減少し、今後も乗客の減少傾向が続くと予想される。

被告会社の乗合部線バス事業の昭和五二年度以降の経常損益は次のとおりである。

被告会社の全事業規模では、貸切観光バス事業及び附帯事業の経営不動産収入で補うことによって、運賃値上げの効果が現われた奇数年度(昭和五三年度、同五五年度)についてはかろうじて黒字を計上していたが、昭和五四年度、同五六年度は赤字を出し、更に、昭和五六年末の運賃値上げの効果が期待された昭和五七年度においても遂に二億一九〇〇万円の経常損失を計上した。昭和五七年度の自動車運送事業の営業損失は一億八九〇〇万円、不動産事業営業利益は三億七三〇〇万円、全事業営業利益は一億八四〇〇万円、営業外収益は二億一九〇〇万円、営業外費用は六億二二〇〇万円であるところ、営業外損益が約四億円の損失となり、うち六〇パーセントが自動車運送事業に関係するものであると考えられ、したがって、自動車運送事業の経常損失は四億三〇〇〇万円と考えられる。

そして、運賃を値上げしても乗客の逸走により実質増は期待できず、運賃値上げと乗客逸走の悪循環から、昭和五八年度の上半期の収入が、対前年度の収入を下回る結果になった。

(4) 地方バス路線運行維持補助金制度は、昭和四一年度に制定され、地方生活路線にまで補助金を交付する制度に改正されているが、現在の制度は昭和六〇年度から同六四年度までの五年間の時限立法である。

補助金の対象路線は、乗客密度五人以上一五人未満(第二種生活路線)または乗客密度五人未満(第三種生活路線)であって知事が必要と認めた路線であり、毎年一〇月一日より翌年九月三〇日までの一年間分をまとめて補助金の交付申請を行うことになっている。補助を受ける条件としては、右対象期間内において路線バス事業の経常損益が赤字であること、八パーセントを超える株式配当をしていないこと、および業務改善等の合理化努力をしていることが必要である。

補助金の額は、路線の経常収益と経常費用の差額(ただし費用の三分の一が限度)が原則である。対象路線の第二種生活路線については、県が負担することとされ、そのうち半分を国が負担する。第三種生活路線については、地元市町村と県が半分ずつ負担するが、県の負担分のうち半分については国が補助する。しかし、第三種生活路線はもはや公共的使命を失っているとの考え方から一度補助金を受けるとその路線は三年後には休廃止しなければならず、その意味では第三種生活路線に対する補助金は休廃止または代替までの三年間に限られることとなる。

被告会社は全部で約五〇〇の路線を保有するが、第一種路線は約一〇〇を数えるにすぎず、従前は第二種路線が三〇〇、第三種路線が一〇〇程度であったが、徐々に乗車密度の極めて低い第三種路線が増大し、昭和六一年には第二種路線二二四に対し第三種路線は一七七と第二種路線数に迫ってきた。

こうした乗車密度が低く、公共的使命を失いつつある路線は全体の七九パーセントを占めており、この両路線を合わせて一一億八〇〇〇万円を超える赤字を出している。補助金も路線バスの赤字の全てをカバーするものではなく、赤字の一部を補填してきたに留まる。

昭和五七年度の被告会社に対して支払われた補助金の合計は五億三四〇〇万円であり、そのうち路線維持補助金が二億一六〇〇万円、団地等運行補助金が三億一八〇〇万円であって、後者については本来は五年ないし一〇年間で償却するのがもっとも収益と損失とが対応して妥当な処理となるが、税法上国定資産にかかる部分については圧縮記帳をしないまま一括して益金算入した。その後昭和五九年三月には三億八〇〇〇万円、昭和六〇年三月現在の補助金額は一億三〇〇〇万円で本件合理化により補助金が減額されている。

(5) 被告会社は昭和五七年度(昭和五七年四月から昭和五八年三月三一日まで)株主に対し七パーセントの配当をしているが、自己資本比率が約一三パーセントしかなく九〇億円近い借入れ金を抱えていて、減配・無配になると金融機関からの融資が困難になる虞れがあった。また、被告会社は昭和五五年に増資しており、増資後に減配することは困難であった。

(6) 事務補制度の運用状況は次のとおりである。

事務補職の取扱い業務のうち、出札業務(定期券・回数券の発売)について過去一〇年間の定期券発売枚数の推移を見ると、四二・五パーセントも減少しており、同業他社では傍系企業へ業務委託しているものが多い。

運賃の収納精算業務は、運転手が持ち帰る料金箱を受け取り解錠して計算機の中にいれて料金を精算する仕事であるが、精算システムを機械化・省力化することによってこれを助役及び事務員業務として吸収し得る。同業他社においても集中精算制度を採用している企業を除けば総てが助役(管理監督者)と事務員の兼務業務となっている。

乗車案内業務は、各ターミナルにおけるマイク放送案内が主であるが、案内板施設を完備している現況にあっては不可欠なものではない。

(7) 従来の事務補職の業務内容のうち、運賃精算システムについては、可及的に機械化を図り、事務員・助役の業務に移管したうえ、業務によっては外部委託を行った。そして、事務員二一名分の業務量の増大となるため事務員配置増の必要が生じたので、この要員として、事務員転職試験合格者及び特別の考試を経ることなく応募者の中から簡単な適性テストと面接のみで六か月間の約定で採用した短期大学卒業のアルバイト八名等により確保し、右アルバイトのうち四名を含む昭和五九年三月卒の大卒・短大卒女子の事務員を八名採用した。

(8) その結果、昭和五七年度人件費(退職金の期中増加額など間接人件費を含む)は男子事務補につき九〇八五万円、女子事務補につき三億八一〇六万円、車掌八一五〇万円、これらの年間人件費総額は合計約五億五三四一万円であるところ、乗車券発売委託手数料並びに案内費用について神姫商産株式会社への業務委託により増加する額が年間約一億三〇〇〇万円、精算システムの機械化に伴う設備投資として約二〇〇〇万円、事務員転職試験の結果仮に最大限二一名を事務補から転職させた場合の人件費は男女一人平均年間五五五万円×二一名=一億一六五五万円が予定され、本件合理化により年間約三億円弱の費用が削減できたことになる。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  次に、被告会社による合理化案の実施手順について検討するに、再抗弁2(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがなく、右事実と《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  組合との数次に亘る協議の結果本件合理化案が次のとおり定められた。

(1) 事務補制度を全廃しその実施手順を定めた。

(2) 乗合バスワンマン率を一〇〇パーセントとし車掌業務を廃止する。区間添乗業務が必要な路線については業務委託する。

(3) 事務補制度および車掌業務の廃止による余剰人員の取り扱いとして、①事務補および車掌全員を対象に第一次希望退職を募集する。②事務補のうち事務員に転職を希望するものについては事務員転職試験を実施し、合格者は事務員に登用する。③②の試験不合格者を対象に第二次希望退職者を募集する。④事務補および車掌にして退職を希望しない者については、本人の選択によりガイドまたは貸切セールス業務に転用する。この場合、賃金体系を変更し、貸切セールスについては大幅な歩合給制度を導入する。退職金については昭和五八年九月末日時点で凍結し、以降新たな退職金制度を導入する。

(4) 希望退職者のうち再就職を希望する者については退職届提出順に再就職先を紹介斡旋する。

(5) 希望退職者の退職条件として、①被告会社都合による所定退職金の他、年齢別に一〇〇万円ないし三五〇万円迄の特別退職加給金を支給する。②第一次希望退職者については各自賃金の一か月分を支給する。③年次有給休暇の残日数については一日につき本給の二五・五分の一を支給する。④現在ガイド職で既に事務補登用試験に合格している者のうち退職を希望するものについては所定退職金のほかに一律五〇万円を加算する。

(6) ガイド転用者の労働条件として、新本給は次の①②③を合計した額とする。①基礎額 三級一年のガイドの賃上げ後の本給に合致させた一一万八五五〇円。②年齢加給 二五歳を超える一歳につき三〇〇円。ただし四〇歳まで。③経験加給。ガイド経験のあるものについては満一年につき一五〇〇円。

退職金の支給については、昭和五八年一〇月一日以降の勤続年数に四年を加算することとして退職金を支給する。ところで、原告らが五七歳の定年まで勤め退職したと仮定すれば、事務補のままの場合と本件合理化後の場合とでは原告市川においては約六九二万円から約六七一万円の、原告藤岡においては約五二八万円から約五〇七万円の、原告酒井においては約六三九万円の、原告田中においては約五八二万円の退職金の減額となる。現行の高卒ガイドについては入社時に二級に格付けされ四年滞留した後、三級の一年に格付ける制度となっているため、ガイド転用者についても退職金支給規定と合わせて三級の一年に格付けた。原告らは事務補として、原告市川は五級在格七年、原告藤岡は四級在格二〇年、原告酒井は四級在格九年、原告田中は四級在格七年であるが、ガイド職転職後は全員三級在格一年に格下げとなった(当事者間に争いがない)。

原告らは事務補職として一月当たりの本給として、原告市川は二三万九一〇〇円、原告藤岡は二二万九一五〇円、原告酒井は二一万五三五〇円、原告田中は二〇万二〇〇〇円をそれぞれ受給していたが、三級一年のガイドの本給を基準とし、これに年齢加給、経験加給があるとしても、原告市川、同藤岡、同酒井はそれぞれ一二万三〇五〇円、原告田中は一三万〇二五〇円となり(当事者間に争いがない)大幅な賃金切り下げとなる。

(7) 貸切セールス転用者の労働条件については、大幅な歩合給制度を導入することとし、日給月給とし月額八万円を支給するほか一か月の責任売上高(バス運賃、旅館券、観光券、会員券等)を一〇〇万円とし、一〇〇万円を超える金額に対し、一〇〇万円を超え一五〇万円までは三パーセント、一五〇万円を超え二〇〇万円までは四パーセント、二〇〇万円を超える金額に対しては五パーセントを乗じて得た金額により歩合給を支給する。

(二)  余剰人員の転退職状況は次のとおりである。

(1) 被告会社は昭和五八年六月六日より同月二〇日まで第一次希望退職募集をしたところ、左記のとおり七六名がこれに応募し、うち一八名が神姫商産株式会社へ再就職した。

退職者の内訳

職種 男子 女子 計

事務補 一〇名 四七名 五七名

車掌 一九名 一九名

合計 一〇名 六六名 七六名

再就職者内訳

職種 男子 女子 計

事務補 二名 一三名 一五名

車掌 三名 三名

合計 二名 一六名 一八名

(2) 被告会社は組合との交渉過程で組合から事務員の採用枠を二一名とするよう要求されたが、事務員の定員を増やすことに内部で異論もあったので、「試験を実施するが不合格者を出すための試験はしない。成績の結果によっては二一名を下回る場合がある。」と回答したうえ、事務員転職試験を応募した二七名に対して五級特務職事務員登用試験より難易度を落して実施した。合否はその四〇パーセントの得点を目安とし、更に事務適性テスト、所属長の意見等も参考に判定されたが、うち八名を合格者としたものの原告らを含む一九名については不合格とした。

(3) 第一次希望退職募集では、ガイド業務への転職を希望するものは車掌一名であったが、その後、事務員転職試験不合格者に対して行った第二次希望退職募集においては、原告らを含む事務補五名がガイド業務への転職を希望した。被告会社は昭和五八年一〇月一日付け辞令で右希望者六名に対し専用ガイドを命じた。

貸切セールス業務への転職については、第一次・第二次ともに希望者は皆無であった。

(三)  原告らの昭和六〇年九月一日から一年間の就労状態については、ガイド職の乗車勤務全社平均が一七九日であるのに対して原告らはいずれも平均を下回っている。原告らの泊り勤務については多い者でも年間一〇日に満たないし、早朝の勤務時間が午前五時ないし六時までの日は多い者で年間一〇日程度、午前六時ないし七時までの日は多い者で年間三〇日程度、退社時間が午後二〇時から二一時まであった日は多い者で年間一三日程度、午後二〇時から二一時までの日は年間六日程度であるが、原告らは事務補職となってから乗車乗務から遠ざかっていて体力的にも年齢的にも仕事の遂行に困難を覚えており、原告らの家庭生活にも負担をもたらしている。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  次に、昭和五八年四月二九日に被告会社と組合との間で合意された協定成立の経緯について検討する。再抗弁3(二)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告会社は昭和五八年一月発行の「社報神姫」の中で被告会社の直面する緊急課題並びにそれに対する施策に関し、次のとおり基本的な考え方を表明した。

(1) 定期バスについては需要に見合うよう減走する。

(2) 貸切バスでは適正な運賃にする。

(3) (1)(2)を基本として従業員各人が生産性を高めるよう努力する。その具体的方策としては、(イ)不要不急の作業を廃止する。(ロ)機械化・自動化を徹底する。(ハ)委託ですむ業務はすべて外注する。

以上のことを緊急課題とし、人事考課制度の確立をめざすことを明らかにした。

(二)(1)  被告会社は昭和五八年二月八日から同年三月一〇日までの間、社長・専務・常務・人事部長が全事業所を巡回し職場懇談会を開催する中で、被告会社を取り巻く経営環境その他を全従業員に直接説明した。

(2) 被告会社は昭和五八年二月九日及び同月一四日の二回に亘り労使協議会を開催し、組合に対し次のような経営概況を説明した。

① 被告会社を取り巻く経営環境は極めて厳しい上に昭和五八年四月から定年延長が実施されることから、人件費がこれまで以上に増大し労働分配率がますます高くなり生産性が低下すること。

② 農山村部における過疎化が進み、また、交通渋滞による定時運行が阻害される交通機関として確実性・信頼性が欠如してきており、さらにはミニバイク・ミニカーの普及等によって、定期路線バスの乗客の減少傾向が今後も続くと予想されること。

③ 昭和五七年度の収入について前年に対して、乗合部門で約四億円、貸切部門で一億八〇〇〇万円、その他を加え六億円の増収となるが、支出は前年に対して約七億三〇〇〇万円、減価償却費で一億一〇〇〇万円、利息や燃料費で九〇〇〇万円の支出増となり、総支出九億三〇〇〇万円の増となる。このため賃貸料不動産収益を入れても経常損益で約二億円の赤字となり、この赤字をうめるため、補助金で二億円、不動産の売却で二億六〇〇〇万円、車両補助二〇〇〇万円など特別利益六億四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円を組み入れ最終利益で二億円程度とし、株主に対する配当を七パーセント程度としたいこと、また、現状のままでは企業経営の見通しが全くたたず昭和五八年度賃上げの源資すら捻出できないこと。

そして、賃上げの前提条件として次の八項目に亘る本件業務改善提案を示した。①貸切バスワンマン運行に関する取扱基準の変更、②社内貸切バス利用基準の変更、③運転士無事故個人表彰制度の実施、④中間整備の見直しと新定数について、⑤営業所別運行ダイヤ見直し計画、⑥人事考課制度の導入、⑦事務補制度及び車掌業務の見直し、⑧本社事務員、事務補の業務見直しと新定員について

(三)  原告四名は、いずれも労働組合の組合員である。右組合は、日本私鉄労働組合総連合会(以下、私鉄総連という)に加盟していて、組合規約によれば、大会、組合委員会、執行委員会の三つの機関が置かれている。大会は組合の最高決議機関で年一回定期大会が開かれる。組合委員会は大会に次ぐ決議機関であって、大会より次期大会までの期間において重要事項を審議決定する権限を有し、大会に対して責任を負い、組合委員は組合員五〇名に一人の割合で選出される。執行委員会は、組合の執行機関であり、職場委員は組合員二〇名に一人の割合で選出される。支部に職場委員会が置かれている。

(四)  本件業務改善提案後の労使交渉の経過は次のとおりである。

(1) 被告会社が提案した業務改善八項目についての労使交渉は、以後東京での中央集団交渉と社内での団体交渉と併行して行われ、また、昭和五八年度賃金・臨時給交渉も同時に進められた。

バス中央集団交渉は、私鉄総連が同一業種における統一労働条件の確立を目的とした中央集団交渉で、交渉方式は参加会社の経営者と参加労働組合の上部組織である私鉄総連との間で進められた。

これに対し、社内団体交渉は、被告会社側から担当役員及び関係部課長、組合側から本部役員(執行委員長以下六名)及び常任闘争委員が出席して進められる団件交渉である。常任闘争委員は各職場を代表して選出された組合委員(原告市川も組合の議決機関である組合委員会のひとりである。)の中から選出されたもので通常一〇名である。今回の常任闘争委員会は、組合の組織部委員五名、企画部委員五名の他に事務補職を代表して姫路営業所事務補の衣笠鏡子を加え一一名で構成された。

(2) 交渉経過は次のとおりである。

①昭和五八年三月七日 第一回社内団体交渉、②同月一四日 第二回社内団体交渉、③同月一七日 第一回バス中央集団交渉、④同月二三日 第二回バス中央集団交渉、⑤同月二四日 第三回バス中央集団交渉、⑥同月二六日 第四回バス中央集団交渉、⑦同月三一日 第三回社内団体交渉、⑧同年四月五日 第四回社内団体交渉、⑨同月六日 第五回バス中央集団交渉、⑩同月九日 第五回社内団体交渉、⑪同月一三日 第六回社内団体交渉、⑫同月一四日第六回中史集団交渉、⑬同月一六日 第七回バス中央集団交渉、⑭同月一七日 第八回バス中央集団交渉、⑮同月一八日 二四時間ストライキ、⑯同月二一日 第七回社内団体交渉、⑰同月二五日 第九回バス中央集団交渉、⑱同月二六日 二四時間ストライキ、⑲同月二八日 第一〇回バス中央集団交渉、

労働組合から同年四月三〇日に二四時間ストライキを実行する旨の通告書が提出されていたので被告会社は早期妥結の条件を検討した結果、同月二九日午後五時ころ「昭和五八年三月一六日から(四月分の賃金)一人平均一万〇三〇〇円を増額する。事務補及び車掌の退職については、第一次と第二次の希望退職募集に分け、第一次希望退職者に対しては更に加給金として名自の基準賃金(本給及び家族手当)の一か月分を上積みする。事務補及び車掌で退職を希望しない者についてはガイドまたは貸切セールス業務に転用する。この場合の転用試験は実施しない。但し、労働条件については、賃金体系を変更して貸切セールス業務については大幅な歩合給制度を導入する。」などの最終回答を提示した。

これを受けて組合側は常任委員闘争委員会を開催し検討の結果、諸般の事情及びこれまでの交渉経過等を十分考慮して被告会社案を受諾すると回答し、同月二九日午後五時三〇分に翌三〇日の二四時間ストライキの中止を指令した。

(3) その後、昭和五八年五月二日に第八回社内団体交渉が同月二七日に労使小委員会交渉が持たれ、被告会社側から転用ガイド、貸切セールスの労働条件案が示され、同年六月六日、同月八日、同月九日の労使小委員会交渉において転用ガイド及び貸切セールスの労働条件について最終的に労使の合意が成立した。

(五)(1)  昭和五八年二月二八日組合は第一〇回組合委員会を開催し、組合本部役員の外に常任闘争委員一一名を選出し、当面の対策に当たることを決定した。

その後、同年三月七日第一回常任闘争委員会を開催して任務分担を決定した後、同年三月中に計六回の常任闘争委員会が持たれた。

この間、同年三月一日より同月一八日までの間、計一五回に亘って、各支部(分会)で職場大会が開催され、一般組合員の意見等が集約された。そして、同月二八日組合委員会が開催され、闘争方針を決定し被告会社の提案する対応が議論された。

(2) 同年四月五日の常任闘争委員会を皮切りに、連日闘争委員会が開催され、その間事務補らは組合ニュースによって被告会社の具体的人員整理案を知るに至った。

同年四月一七日組合本部では事務補車掌集会が開催され、各支部より六四名の参加があり、引き続き青年婦人部集会が一二〇名の参加で開かれ、本社に対する抗議行動がなされた。

組合は、同年四月二九日に至ってこれまでのバス中央集団交渉及び被告会社組合間の社内団体交渉の推移を踏まえ種々検討した結果、諸般の情勢・交渉経過などを考慮し、被告会社の最終譲歩を受諾すると回答した。

翌四月三〇日組合では緊急拡大組合委員会が開催され、前日の結論をもって妥結することの可否を無記名投票により行った結果、賛成三〇票、反対一六票をもって決議され、正式妥結に至った。その際、初任給、その他未解決の事項については執行委員会に一任する旨の決定もなされた。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  以上の事実によると、次のとおり認めることができる。

1  本件配転命令の業務上の必要性について

資本主義社会においては企業の維持存続に関する危険を最終的に負担するのは使用用者であって、企業の業績が不振になった場合にどのような合理化策を取り、また再建努力をするかは一般的な景気動向の予測を初めとして当該企業の経営状態の評価、問題点の把握や今後の業績の見通しといった現在及び将来に対する種々の不確定な経済的諸条件の予測のうえにたった使用者の経営政策上の判断にかかるものであり、その判断については広い裁量が認められるべきであって、社会通念に照らして、不合理であると認められない限り裁判所としては使用者の判断を尊重すべきものと考えられる。

これを本件について検討するに、前掲事実によれば、我が国のモータリゼイションによる交通体系の変化によって乗客が漸減しており、バス事業自体は長期に亘って低落傾向にあって将来とも経営が困難であること、被告会社においても昭和五七年度の自動車運送事業の営業損失は一億八九〇〇万円、不動産事業の営業利益は三億七三〇〇万円、全事業営業利益は一億八四〇〇万円、営業外収益は二億一九〇〇万円、営業外費用は六億二二〇〇万円で、経常損失は二億一九〇〇万円となるところ、営業外損益が約四億円の損失となり、うち約六〇パーセントに当る二億四〇〇〇万円が自動車運送事業に関係する損失であると考えられ、したがって、自動車運送事業の経常損失は約四億円強であることが認められる。

しかしながら、バス事業自体は極めて公益性の強い事業であるから、公共団体などから交付される補助金をも考慮に入れてその経営状態を判断するのが相当である。昭和五七年度では被告会社に対して支払われた補助金の合計額は五億三四〇〇万円であり、その内訳は路線維持補助金が二億一六〇〇万円、団地等運行補助金が三億一八〇〇円であるが、自動車運送事業の経常損失約四億円強と右補助金五億三四〇〇万円とを合算すれば利益を生じていることになるけれども、団地等運行補助金は団地等のディベロッパーがバス事業者が団地へのバス運行のために必要とする設備投資を行うための経費の一部負担のために支出するものであるから、一会計年度で特別利益金として計上するのは妥当ではなく、負担を強いられる期間に亘り収益と損失とを対応させて評価するのが妥当であって本来は五年ないし一〇年間で償却すべきであり、昭和五七年についても右補助金のうち六〇〇〇万ないし三〇〇〇万円を特別利益として考慮するのが相当であるから、被告会社のバス事業は補助金を加えても約一億円以上の赤字経営であると認められる。

そうすると、バス事業などのような労働集約型の産業において生産性を高めるためには少しでも余剰人員を整理してその効率を高める必要があるといえるのであって、被告会社において事務補職の仕事自体が減少傾向にあって非能率となり余剰人員を生じていた状態にあったので、これに対してオフィスオートメーション化などにより効率を高める一方、他の職種である事務員にその担当事務を吸収させて生産性の低い職種である事務補職を廃止し、生じた余剰人員を人員整理などにより削減し、人件費の削減によって生産性を高める必要があったと認められ、そのような被告会社の経営判断は合理的かつ必要であって社会通念上も是認することができる。

しかしながら、被告会社は当期純利益として例年概ね約二億円を確保して株主に対して七パーセントに及ぶ配当を行っていること、当期未処分利益が六億四〇〇〇万円に及んでいることに照らすと、被告会社の全体としての経営状態は客観的に高度な経営危機に陥っていたとまではとうてい認められず、その経営状態からみて人員整理などにより経費削減の必要があったとしても整理解雇の方法を取ることまでは許されず、希望退職の募集など本人の同意を基調とする解雇以外の方法によって整理すべき程度の状況にあったというべきである。

2  他方、前掲事実によれば、被告会社による今回の合理化に基づく本件配転命令により原告らは賃金が半減され退職金についても大幅な切り下げになるほか勤務も原告らが長期間就いていなかった乗車勤務となるなど年齢的にも肉体的にもその遂行に負担を増し、労働条件が従来の事務補職当時と比較して相当程度低下しているものと認められる。

3  ところで、被告会社は労働組合との間で労働協約を締結したうえで、労働条件の低下を含む本件合理化を実行し本件配転命令に及んでいるのであるが、原告らは、原告らの労働条件が賃金を始めとして著しく切り下げられ他の組合員には五パーセント程度の賃上げが実行されており、このような一方に有利で他方に不利な内容の労働協約の規範的効力は当然には原告らに及ばないと主張する。

一般に、労働協約のいわゆる規範的効力は労働者の団結権と統制力、集団規制力を尊重することにより労働者の労働条件の統一的引き上げを図ったものであるから、仮に従前の労働条件を切り下げる内容の労働協約についてもその趣旨に反しないかぎり原則として労働協約のいわゆる規範的効力が及ぶと解されるが、労働組合の有する団体交渉上の決定権限も無制限ではなく、個々の労働者に任されるべき権利の処分などの事項については当然その効力が及ぶものではないし、一定の労働者に対して賃金の切り下げになるなど著しい労働条件の低下を含む不利益を認容する労働協約を締結するような場合には個々の労働者の授権まで必要とはいえないけれども労働組合内部における討論を経て組合大会や組合員投票などによって明示あるいは黙示の授権がなされるなどの方法によってその意思が使用者と労働組合の交渉過程に反映されないかぎり組合員全員に規範的効力が及ぶものではないというべきである。これを本件についてみるに、前掲事実によれば、被告会社は直接従業員に対し本件業務改善措置の内容について説明をしていること、また、原告らの所属する組合との交渉を通じてその内容を説明していることが認められるから、被告会社としては原告らに対して説明義務を尽くしたものと考えられ、また、前記事実によると、組合は昭和五八年二月九日開催された労使協議会において昭和五八年度賃金・臨時給の交渉の過程で被告会社から本件業務改善案を提案され、右交渉は組合の上部組織である私鉄総連とのバス中央集団交渉と本部役員(執行委員長以下六名)及び各職場を代表して選出された組合委員の中から選出された一一名(事務補職を代表して姫路営業所事務補の衣笠鏡子を含む。)で構成された常任闘争委員が出席する社内団体交渉が併行して行われ、同年四月五日事務補らは組合ニュースによって被告会社の具体的人員整理案を知るに至り、同月一七日組合本部では事務補・車掌集会が開催され、引き続き青年婦人部集会が一二〇名の参加を得て開かれ本社に対する抗議行動がなされるなど交渉の過程に事務補らの意思が反映されているほか、事務補職の廃止を含む人員整理案を最大の争点として二回に亘る二四時間のストライキまでして被告会社との交渉に当たった結果、「事務補及び車掌の退職については第一次と第二次の希望退職募集に分け、第一次希望退職者に対しては更に加給金として各自の基準賃金(本給及び家族手当)の一か月分を上積みする。事務補及び車掌で退職を希望しない者についてはガイドまたは貸切セールス業務に転用する。この場合の転用試験は実施しない。但し、労働条件については、賃金体系を変更し貸切セールス業務に大幅な歩合給制度を導入する。」との希望すれば被告会社に残れるとする被告会社の最終譲歩を引き出したうえ、バス中央集団交渉及び被告会社組合間の社内団体交渉の推移を踏まえて、同月二九日組合は種々検討した結果、諸般の情勢・交渉経過などを考慮して予定していたストライキを中止し、同月三〇日に緊急拡大組合委員会を開催し、妥結の可否を無記名投票により行った結果、賛成三〇票、反対一六票をもって決議され正式妥結に至ったのであり、その際、初任給その他未解決の事項について執行委員会に一任する旨の決定もなされ、その後の数度の交渉の結果、本件協約が成立したこと、また、本件合理化について正式妥結した際、労働条件の内容が明確になっていなかったが、右のとおり初任給、その他未解決の事項について執行委員会に一任する旨の決定も併せてなされ、その後、被告会社の労働条件に関する提案に対して、数次に亘り交渉の結果、労働条件が決定されたものであることが認められ、以上によると、本件協定の成立過程には事務補職にある者の意思も反映されているといえるのであって、かかる事情のもとにおいて被告会社との間に締結された本件協定の規範的効力は原告らにも及ぶといわざるを得ない。

また、原告は、明らかに女性が集中する事務補部門を廃止したもので原告らを家計補助者としてしか見ず、女性として差別したものであると主張するが、前記認定事実によれば、事務補の中には男子も一六名含まれており、職種の生産性に着眼してこれを廃止することとしたもので女子のみを差別するものということはできない。

4  ところで、現在我が国における終身雇用の労働慣行下においては従業員は同一の職場に長く勤務することにより、賃金、退職金その他の労働条件が改善されることを期待して自己の生活設計を立てているので、経営者としても安易に労働条件の低下をともなう配転を命じることは許されず、特に本件のような人員整理のため希望退職者を募集し、更に整理解雇を避けるために解雇回避措置の一環として労働条件の低下をともなう配転を命じた事案については労働者自身に非があった訳ではないから、その配転命令を必要とする業務上の必要性と従業員に与える不利益を比較衡量して必要最小限度の労働条件の低下に止めるべきであり、希望退職者の募集を成功させんとする余り、苛酷な労働条件を用意することも多いと考えられるので、特に慎重な判断が要求される。したがって、使用者が配転内容を決定するに当たって労働者の被る不利益を考慮し、それを可能な限り縮小すべく努力したか等の事情が考慮されるべきであり、使用者が労働協約に基づいて配転命令を発したとしてもなお権利の濫用と判断すべき場合も考えられないでもないが、基本的には使用者と労働組合との交渉結果によって決すべきものであるから、著しく不当とすべき特段の事情があると認められないかぎり権利の濫用には当らないというべきである。

これを本件についてみると、以上の事実によれば、被告会社の業務上の必要性に比較すると、賃金を半額に近い額まで引き下げたこと、また、事務員の枠が二一名あったにもかかわらず八名しか採用せず後にはアルバイト八名を簡単な適性テストと面接のみで採用し、うち四名を最終的に事務員として採用していることが認められ、労働者の被る不利益を可能な限り縮小すべく努力したかなどの点に疑問の余地なしとはしないが、被告会社と組合の交渉の結果が実行に移されたものであり、組合からの強い要求があったにもかかわらず、事務員としての能力があるか否かの判断は試験によるとされ二一名以下の合格者しかでない場合もあり得ることが前掲とされていたし、そのため被告会社において原告らを不合格にすべく作為的に処理したとも認められず、他に著しく不当であるとすべき特段の事情も認められないので、前記事実から直ちに権利の濫用とまで認めることはできない。

四  よって、原告らの本訴請求は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田秀文 裁判官 松永眞明 矢田廣高)

<以下省略>

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